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火樹銀花――夜を彩る灯火

鬼滅異譚・弐 火樹銀花
サークル名:螺旋の月
販売日:2023年12月30日
シリーズ名:鬼滅異譚
カップリング:義勇×しのぶ / 
作者:飛牙マサラ
イラスト:石神たまき
年齢指定:
作品形式:ノベル / 
ファイル形式:JPEG / PDF同梱 / 
その他:乙女向け / 
ジャンル:シリーズもの / シリアス / 
ファイル容量:

DLsite価格:330円DLsiteで購入する

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作品概要(引用元:DLsite.com)

「……」
 その日、胡(こ)◯(◯ょう)しのぶはいつものように毒について研究を続けていた。勿論、鬼を滅するために、だ。
 だが、どうにも詰まっていた。
 やはり一人でやるには限界があるのだろうか。
 ふとそう思うことはあるが、こればかりは頼る相手はいないのだから仕方あるまい。
 既にお館様から十分過ぎるほどの環境を与えられているのだから、彼女は結果を出すためにもひたすら研究を続ける以外はないのだ。
 不意にりんっと呼び鈴が鳴った。それはしのぶの診療室に置いてあるものだ。
 怪我人が来たのかと思い、一旦研究室を出てそちらに向かう。するとそこには冨(とみ)◯(◯か)義(ぎ)勇(ゆう)が立っていた。
「胡◯」
「冨◯さん」
 彼がわざわざ現れたのには理由が一つしかない。
「また怪我を?」
「お前が来いと言うから来た」
 義勇は怪我をしてもなかなか蝶屋敷には足を運ばない。業を煮やした彼女はどんな小さな怪我でも構わないから必ず自分の元に来るようにと強引に約束させたのだ。
「全くあなたは……! そもそもこちらが何も言わずとも来てください。本当にあなたは自分を大事にしないんですから」
「お前がそれを言うのか?」
「え?」
 それは意外な言葉であり、しのぶにとって驚愕すべきものだった。
 今、何故そんなことを言うのか。
 まさか彼は私の秘密を?
 そんなはずはない。知るはずはないのだ。
 しのぶが動揺していると義勇は察したように己の言葉を引っ込めた。
「いや、何でもない」
「そ、そうですか?」
「……ああ」
 少し気まずい空気の中、しのぶは誤魔化すように診療用の机に置いてあったの本を取り、仕舞おうとした。その瞬間、何かがはらりと床に落ちる。
 それは一枚の写真。以前の任務で執り行った仮初めの結婚式で撮影されたものだ。全てが終わった後に渡されたそれはしのぶにとって捨てられないものになっていた。
 けれど表には出せない。だから誰にも見られないようにと彼女だけしか見ない本に挟んでいたことを今更思い出した。
「あ」
 しのぶが慌てて拾う前に義勇がそれを拾い、手に取る。
「……お前も持っていたのか」
「え、お前もって」
「いや、何でもない」
 再び彼は黙(だんま)りとなる。
 どうやらこれ以上は答える気が無いらしい。ただ無言で彼女に写真を渡してきた。こうなればしのぶとしても諦めるほかはない。ただ彼は確かにお前もと言った。
 もしかしたらあの仮初めの婚姻は彼にとっても忘れ難いものなのだろうか。
 それは何処か気恥ずかしく、そして何故か嬉しさを感じられた。
 けれどそれはしのぶの推測であって正解ではない。故に彼女もそれ以上は写真についての疑問を投げかけることは出来なかった。万が一にも違ってしまえばこれまでの関係が崩れ去るかもしれない恐ろしさもある。
 ふとそれが恐いと思っている自分に驚いた。冨◯義勇との関係は彼女にとっていったい何であろうか?
 考えても詮無きことだと軽く頭を振り、しのぶは然り気無く写真を仕舞い、いつもの笑顔に戻る。
「では手当てをしましょうか。何処です?」
「頼む」
 彼はそう言うと徐に服を脱ぎ、腹部にある怪我の部分を彼女に診せた。どうやら鬼の爪が食い込んだのか、裂傷がある。
 それだけで義勇がどんな戦い方をしたのか察しが付いた。
「……無茶な戦いは止めてくださいって何度言えば分かるんです?」
「無茶などしていない」
 そう言う彼の腕にも傷がある。
「あなたの無茶の意味は間違っていますよ。ほら、ご覧なさい! 手にも怪我を負ってるじゃないですか!」
 彼の無骨な手を取り、しのぶは先ず手から治療へと入る。こちらは腹ほど酷くはないらしい。これならば腹から治療すべきだったかと思いながらも一度はじめた手当てを止めるわけにもいかなかった。
 そうするうちにあたかも手を握り合うような形になり、思わず暫くそのまま繋いだままになる。
「……」
 瞬間、時が止まった気がすらした。
 どちらも何故だか動けない。
 すっと解(ほど)けばいい、ただそれだけのことだ。
 なのに……
 不意に部屋にあった柱時計が大きく鳴り響いた。二人ともその音ではっとなり、現実に立ち返る。
 互いの手はするっと離れ、互いに視線を逸らした。
「て、手の方は軽くて良かったですが、腹の裂傷は少し深いですね」
 しのぶは治療中であることを印象づけるように続いて腹部の方を見遣り、そう言った。
「そうか」
「また誰かを庇ったんですか」
 彼が怪我をするときは圧倒的にそれが多い。単独任務の際にはそこまで大きな怪我をしたりはしない。
「初陣のものがいたからな」
 ただそれだけを告げた。
「成る程、あなたがいて、その方は生き延びられたわけですか」
「……さあな」
「素直じゃないですねえ。さて、少し触れますよ」
「ああ」
 改めて見遣ればそれなりに深い傷だ。彼の傷の様子を見て治療法を考える。
 これは完全に治るには時間がかかりそうであった。完治するまで温和しくこちらの言うことを聞いてくれればいいのだが。
 しのぶはそう思いながら治療に必要な道具を用意していく。いつものことながらその手際は良い。
 義勇はただその様子を目で追い、眺めていた。その瞳にはいつになく熱があるように思える。
 彼にも理由は分からないが、彼女から視線を逸らすことはしたくなかった。
「冨◯さん、それではそこに横たわってくださいな。麻酔をします。傷が見た目より深いので縫わねばなりませんから」
「分かった」
 しのぶの指示に彼は従い、言われたとおりに診療台に横たわった。様子を確認しながら麻酔の量を調整する。
「痛みますよ」
 彼の腹部に麻酔をし、傷を改めて綺麗にしてからしのぶは糸を取り、縫っていく。明らかに痛みがあるはずだろうに彼は微動だにしない。
 義勇の怪我をこうして縫うのは何度目だろうか。
 勿論、他の柱たちの手当ても行うし、隊士たちの怪我や病気も彼女は診る。決して特別扱いをしているわけではない、とは思う。
 単に手のかかる人、それだけのこと。
「さ、手当ては終わりました。薬を出しておきます。塗り薬ですけど、きちんと治りきるまで塗ってくださいね」
「……分かった」
 答えながら起き上がり、義勇は静かに服を整えていく。そんな当たり前の仕草さえ様になっており、しのぶは少し見惚れてしまうが、直ぐに誤魔化すように彼に注意を促した。治療を終え、蝶屋敷を後にした義勇は道を歩きつつ、己の手を見つめていた。
 小さく、そしていつも温かな手だ。
 俺を心配する瞳は勘違いさせるような優しさがある。
 ……写真を持っていたのか。
 ついお前もかと言葉に出てしまっていた。
「未熟だな」
 誰に言うわけでも無くそう呟いた。
 勘違いするなと己に言い聞かせる。ただの同僚なのだ。仮初めとは言え、彼女と確かに結婚式を挙げたが。
 ……美しかったと思う。
 まるで本当のことのように感じたくらいだ。
 胡◯は――どう思っただろう。
 時折感じる違和感。
 彼女が何かを隠しているのは理(わ)解(か)っている。しかしそれを言えば二人の関係は今までのようにはいかなくなるだろう。
 それでも、それでもだ。幾ばくか痩せた気がするのだ。元々体重自体は軽い女だが、以前よりも更に細さが出ている様に感じる。
 気のせいであればいい。
 ただ彼女の目(復)的(讐)を思えば有り得ない話ではないだろう。
 顔色を隠すために化粧を濃いめにしているのも気になっていた。
 藤の花の匂いが濃いときがあるのは……
 彼の予想が外れることを期待したかった。幾ら何でもそんな真似をして欲しいとは思わない。
 ふとそこまで考えて何故そう思うのかと己に問うた。
 だが、答えは出ない。否、出せなかった。
 彼の中にあるものを認めてしまえば一気に彼の感情が噴き出すだろう。
 だからそれは有り得ないことと片付けることにする。そんなことは出来ないと分かっていても、だ。
「悪鬼滅殺」
 初心を思い出すべく、彼は呟いた。
 この世にある全ての鬼を滅ぼすべし
 それが鬼殺隊の責務であり、義勇の責務でもある。
 そこだけに集中すべきなのだ。
 これ以上、大切なものを失わないためにも。
 柱に相応しくない男だが、それでも背負ったものはあるのだ。
 愛おしいものたちのお陰で彼は生き残った。だから生き抜かねばならない。
 彼がもっと強ければ、強かったのなら失わずにすんだかも知れなかったのに。
 後悔だけが彼を常に苛む。
 しのぶといるときはそこから不思議と解放されるのだが。
 それが何故かなど考えないようにして彼は自邸に帰るのだった。

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